牛乳 幼稚園。えりのいる幼稚園では、おやつの時間に牛乳を飲まないとお菓子がもらえなかった。いつも牛乳が飲めなくてお菓子を食べられなかったえりだが、その日はえりの大好物のきな粉餅だった。なんとか牛乳を飲もうとするもどうしても飲めず、ついに泣き出してしまうが、それを見ていた隣に座っていた女の子が牛乳を飲んであげた。みさである。みさはきな粉餅を食べるよう優しく促し、えりは無我夢中で食べた。それを見た向かいの席の男の子が、なんでそんなヤツの牛乳を飲むんだと咎めると、みさは被害者ヅラして「この子が牛乳を勝手に私に押し付けて…」とホラを吹きえりを孤立させかつ好きな男の子を手に入れる。 ニコ生 中学生。みさの傀儡と化していたえりに、ご主人様は躾として化粧だとかファッションの手ほどきをする。可愛くなったと錯覚したえりに追い打ちをかけるように、みさの彼氏が適当にえりを褒め殺す。有頂天になったえりはニコ生で「友達の彼氏を取ってやった。私あの子よりかわいいかも」と発言。それがえりに伝わり逆鱗に触れ、彼女の人脈を使って拉致られボコボコにされてレイプされる。その後えりがみさに謝罪し、甘言でみさを従属させる。これが原因でえりにホモセクシャルと男性恐怖症が発現し、みさに対して複雑な意思を抱くようになる。 バーベキュー 高校生。えりの意識が混沌の中にあるとも知らず、みさは三対三の合コン的バーベキューを計画。中学の時同様、自らのしもべに花を添えるのが目的であった。えりに告白が来るよう画策、えり本人にもそのことは伝えた。みんなでリア充なキャンプファイアを楽しんだ後、林の中に呼び出されて告白されたえりだったが、恐怖で逃げ出してしまう。その報告を男から受けて、みんなが寝静まった頃にみさがえりを呼び出して問い詰めるもえりが逃走。頭に血が上ったみさは崖際までえりを追いつめて更に強く問い詰めるが、えりに逆上されて崖から落とされる。血迷ったえりは転落防止用の鉄杭とロープを回収して崖下まで降りてみさを拘束、月の光が射し込む小さな横穴に連れ込む。目が覚めたみさに自らの気持ちを告白し、体を差し出すか命を差し出すかを迫るも、みさが命の危険に晒されたこともあってか経験値が能力に完全変換されて覚醒。縛られて一切動けない状態のまま権力と人望を盾にしてえりを説き伏せ精神をズタズタに引き裂く。そして飴を与えて従属を強化し、告白してきた男と付 き合うよう告げた。えりの精神的昏迷は深まっていく。 非常階段 高校でもさんざこき使われていたえりは、それでも一つだけ純粋に楽しみなことはあった。放課後、非常階段の一番上で歌を歌うことだ。昔から嫌なことがあれば、一人になれる場所を探して歌を歌っていた。みさに支配されてから中々歌う機会がなくなっていたえりにとって、下からの死角になっていて、厚い扉で隔てられた校舎内に声が届かないここで歌を歌うことは心の支えになっていた。誰にも聞かれないつもりで大声で歌を歌った。実際、誰もその歌声を空耳程度にしか思っていなかった。ある一人のベーシストが気付くまでは。 カラオケ 二年生になって、嫌々ながら男と二人でカラオケに行くえり。中々ヤらせてくれないえりに痺れを切らした男は、部屋の中でえりに襲いかかる。必死でえりが抵抗していると、部屋のドアが開き誰かが怒鳴りながら乗り込んできて、大声で店員を呼ぶ。男は慌てて店から逃げ出す。店員と話し合ってから、その人、やすひら(呼称:やす)は隣の部屋からベースやシールドにアンプやらの演奏道具一式を持ち出してきてから、えりを駅まで送ると言った。ぼんやりしていたえりだったが、家に着いてから、やすといた時間が心地いいものであったことに気付く。彼は男だというのに。やすはやすで、このような現場に遭遇し、たじろいではいたが、冷静だった。隣の部屋から争いの音が聞こえて、覗いてみたら本気で怖がる女の子を男がねじ伏せようとしていたので助けた。余計な要素を省けばそれだけのことだ。やすはこういった優しさを延長してつけいるタイプではなかったし、登場人物を匿名にして誰かに相談したり話したがる性格でもない。ただ、あの非常階段で歌っていた女の子とこのような形で接 点を持ったということについては、大いに時間を割いて思考を重ねざるを得なかった。何しろ同じクラスになったばかりである。少なからず二人は互いを意識し始めた。 諸会 みさは男からカラオケでの(捻じ曲げられた)顛末を聞くが、覚醒を遂げていたみさはそれを鵜呑みにせず、何とかすると言って手を出させないようにする。一方えりのクラスでは委員決めが行われており、面倒な保健委員が推薦でえりに押しつけられる。もう一人は仕事が出来ないと困るという暗黙の了解で、男子からの信頼の厚いやすが選ばれた。この時、えりはやすが選ばれたことに安心し、またそれに自覚して戸惑う。やがてみさはえりからも事情を聞き(えりは頭が悪いので支離滅裂な発言しかできなかったが、大体言いたいことは汲み取れた)、考えた結果、やすとの接触を試みた。ある日の放課後、部活に向かう途中のやすを捕まえるみさ。カラオケ事件のこと、男のこと、えりのことから話を始め、簡単な自己紹介とやすのこと、部活のことなどを自然に聞き出していく。突然現れた美人のみさを相手にしながらも動揺せずに聞かれたことを自然に答えていくやす。静かに熾烈で、熱い情報戦だった。最後にみさが、「えりを助けてくれてありがとう」と区切りをつけ、二人は別れた。えりは 、覚醒後の自分と対等な能力を持った人間に初めて出会ったことに興味を示し、自分の男にすべきだと感じたが、同時に、えりの男にすることが最上ではないかとも考えた。やすはここ最近、えりの精神的ダメージをなんとか回復させる方法を考えていたが、この会話を通じて、この人ならえりさんの傷を癒すことは簡単だろうと理解し、また同時に、えりに対してーーーまた全てに対して一枚二枚噛ませている人なのだろう、と感じた。えりは家で寝てた。 三帝会戦 五月のライブも終了し、三月に卒業した元三年生のボーカルの先輩と別れを告げると、やす達のバンドはボーカル探しに奔走した。卒業生が軽音部のライブにメンバーとして参加できるのは五月ライブまでという規則で、前年に三年生を組み入れていたバンドは夏ライブと学校祭ライブのために欠員を補充する必要があった。大概のバンドは一年生を確保しておくのだが、やす達のバンドリーダーであるドラムの男は「このバンドは軽音設立からある由緒正しきバンドだ」とか調子ぶっこいて、このバンドに入りたがる一年生にテストなど敷いて全員不合格にしたせいで面倒なことになったのである。6月の定期テストの少し前、バンドメンバーは再び集結するも誰も成果を挙げられなかった。皆がうんうんうなる中で、任せてほしいとやすが申し出た。時は経ち、全てのテストが終わりホッとする教室、えりの元にみさがやってきていた。もはやみさに敵はなく、学校内の全情勢は彼女の手のひらの上にあり、失脚することなどあり得なかった。スケープゴートも、万一堕ちた時のための下克上手段も揃え ていた。なので、いじめられっこを独占して一緒にお昼を食べるのも全く問題の無い行為であった。自らを覚醒させたこの子に対してみさは、単純に支配するだけでなく親心のようなものを感じ始めていた。しかし何に使えるだろう、今のところこの子に役立つ才は、というか才能というものは無い。みさが策略を立てている間もえりはアホズラかいていた。そこにやすが乗り込んできて、えりに、バンドに参加してくれないかと頼み込んだ。やすは非常階段の歌を何回も聴いて、えりの才能を見抜いていた。まだ荒削りだが、磨けば光るダイヤモンドとなる、その確信。ドラムの男を納得させるにも十分なポテンシャル。自分はこの人にそばにいて欲しいのかもしれないという雑念めいたものもあったが、最大動機としてはまだあまりに弱いものであったので無視したし、バンドに恋愛を持ち込めば失敗することは明白だったので抑え込むことにもした。えりは最初に呆けたような顔をし、次に慌てて断ろうか受けようか迷い、迷惑かけるだけだろうなーでもやす君だしなーと悩んで、最後には主である みさの方を向いて指示を仰いだ。みさは即「いいじゃん。えり、やってみなよ」と背中を押した。頼み込んできた相手がやすでなければこうはいかなかっただろう。えりはバンドのボーカルになった。 練習と大会 夏休みに入り本格的にレッスンを重ねると、えりの才能は格段に伸びた。最初はおどおどしてて鈍臭いところが目立ち、バンド内で喧嘩が起こることも少なくなかったが、八月上旬頃には少なくとも歌を歌っている間は堂々とするようになった。文化祭での順番選考を兼ねて行われる夏のライブでは、軽音部に入りたての地味でドン臭くて出演時間ギリギリに会場に到着した女がやすのバンドのボーカルだと知って色々と憶測が飛び交ったり失望の声が聞こえたりしてえりはトイレに立て篭もるか帰りたくなったが、やすを中心としたメンバーの説得で舞台に立つと、他のことは忘れて歌うことができた。このバンドが文化祭の大トリをつとめることになったという噂は素早く静かに浸透していった。みさはバスケ部の練習をこなしつつえりに差し入れを持って行ったり持って来させたりしていたが、大会を勝ち進んでいくうちに会う機会が少なくなり、それを利用してえりの視界からフェードアウトしていった。えりはみさに会えないことをさみしがったが、それ以上に歌うことに熱を上げた。やすは自 らが見つけ出した才能の手応えや、みさの思惑などについて考えようともしたが、やはり彼の熱量も殆どが演奏へ向いていた。二人は特段仲を深めようとはしなかったが、自然に深い絆で結ばれていくのを感じていた。 失踪階段 ライブ直前にえりがいなくなった。これは予測できていた。やすは野外ステージから抜け出すと、彼女の行動パターンを解析して(えりの思考は単純なのでそこまで高度な作業ではない)、非常階段を上っていった。衣装を着込んで階段に座り俯いていたえりの姿は、予測以上にやすの胸を打った。やすは何か言葉をかけようとして、考え、これしかないし、これ以上のものは無いと決意した。えりに声をかけて反応を待ち、二言三言会話をかわすと、えりは反論しようと立ち上がった。えりが立った階段の一段下にやすが足をかけて、そのままキスをした。傾いた熱い日が二人を照らし、空は夏の終わりを告げる深い青をたたえていた。やがてやすは階段を一段降り、えりの手を取ってからもう一段降りた。この瞬間を二度と忘れはしないだろう。二人は駆けた。やすが手を引き、えりがそれに追従するように、いや、並ぶために?とにかく駆けて駆けて、駆けて、えりは、 ステージ 光に照らされて、私は呆然としてしまった。観客達は大トリのこのバンドを待ち望んでいた。このバンド、去年もトリやったらしい。そんなことを聞いて逃げ出したのだった。そういえば、最初の曲は私から歌い出すんだった。深呼吸をしてから歌い出したのだが、他の伴奏が入る前に歌うのをやめてしまった。観客は困惑の表情でこちらを見ている。ごめんなさい、少し間違えちゃった。みんなは…あ、そうだ、間違えてもみんなの方を見ちゃいけないんだった。思い出した。もっとおなかから、体全体で、なめらかに、よく聞こえるように、そう思って歌い出すと、さっきよりずっと良かった。でも、また他の伴奏が入る前にやめちゃった。少し苦しかったから。観客達の方を見ると、なぜかみんな目がキラキラしていた。一人一人の目はよく見えないけど、星のように輝いていた。なんでだかわからないけど、少し笑った。口の端を上げて。楽しかった。怒鳴られることもあったけど、 私を捨てたりせずに一夏中一緒に練習してくれた。やす君。私、君のことが好きなのかも。強い光を感じた。差し てくる光かもしれないし、キラキラした輝きかもしれないし、よくわからない何かかもしれなかった。「いいじゃん。えり、やってみなよ」 いつの間にか閉じていた目を、開いた。 一曲目が終わる頃には、二回トチったかのように見えたボーカルへの不安は観客の中から消え失せていた。えりの声が人々の心に響き、忘れられない刻印をし、その熱量を閉じ込めた。学校中にいた人達が特設野外ステージに集まり始め、長い黒髪を乱し、噴き出すように汗を流しながらもただ歌うことに熱中する少女の虜になった。バンドメンバー達もこの熱い夢の演出に酔い痴れ、全ては滾るまどろみの中に落ちていった。皆、気付いた時には、残る曲は一つだけになった。 みさはこの熱気に包まれ舌を巻きつつ、合理的思考をやめなかった。えりの才能の覚醒がこれほどのものとは思わなかったが、将来性の確立はできた。手元に置いておけば、いや、やすにもっと才能を伸ばさせれば、などと考えながらも同時にえりの成長を喜んでいる自分を自覚していた。そうして思考に思考を重ねていたところに、えりのボーカルトークが飛び込んできた。みなさん、こんにちは。汗だくのえりが喋りだすと、無数の観客の意識はえりに注がれた。彼女は、自分は素人だが誘われてこのバンドに入ったことや、バンドに迷惑をかけたり、プレッシャーに押し潰されそうになったりしたことを口下手なりに一生懸命伝えた。ギターが弦の音を下げるまでの時間稼ぎのための時間だと理解しながらも、えりは無我夢中で自分の気持ちを伝えた。やがてやすに突っつかれてからやっと自制を効かせて、一番伝えたいことだけを最後に言った。「私が感謝を伝えたい人は…バンドのメンバーや、ここに来てくれたみなさんだとか…いっぱいいるんですけど…最初に、言わなきゃいけないのは…」 濡れた髪を掻き上げ、「私の背中を押してくれたひと。あの人…あなたがいなければ、今の私はありませんでした。ありがとう…私の親友でいてくれて、ありがとう」そこまで言うと、ついに大トリの曲が始まった。静かな空気に包まれていた観客が再び熱を上げていく中、みさの目の端からは涙が溢れ流れ落ちていった。ライブは大成功に終わった。 大団円 舞台袖で、えりはバンドメンバー全員と握手した。ぜひ残ってほしい、助っ人ではなくレギュラーとして参入してほしいとメンバー全員から、いや軽音部全体から言われたが、えりははにかみながら、保留にしてほしいと言った。みんなが説得しようとしたのをやすが止めて、えりには視線だけでステージの裏に行くように示した。えりは深く一礼してから舞台袖を出ていき、それと同時にやすに詰問の集中砲火が襲いかかった。えりを逃したことではなく、主にえりとどういう関係であるかを徹底的に問い詰められた。バンドメンバーからの裏切り的にバンド内部の事情公開をされてもそもそも二人のやましいことを見たメンバーもおらず、情報処理はお手の物とでも言うように質問をのらりくらりとかわしていくやすに、舞台袖はデッドヒートの様相を示し、そして笑顔に溢れた。 えりが特設ステージの裏に着くと、剥き出しの鉄の柱に寄りかかったみさが待っていた。えりはドギマギしながらみさに話しかけるが、みさは何も話さなかった。このライブで逆鱗に触れたのだろうか、あのトークがまずかったのだろうか、また何か命令されたりけしかけられるのかと戦慄したが、それは頬に柔らかい、しかし確かな感触を感じて吹っ飛んだ。みさが唇を離してえりの顔を見つめると、喜びやら戸惑いやらで恍惚とした表情を浮かべていた。もう日も落ちて、何組かのカップルも薄暗いこの場所に集い、愛の語らいを始めていた。着替えもしないで汗びっしょりなえりに着替えるよう諭してみさが歩き出すが、光の届かない暗がりに潜む殺意を感じて歩みを止めた。相手と得物を予測してから声をかけると、暗がりから刃物を持った男がこちらに向かって飛び出してきた。カラオケでの一件以来、みさにえりのことを任せていたのが間違っていたのか。ずっとヤらせてくれるのを待ってたのに、いつの間にか軽音部のボーカルになってて、舞台袖を覗いてみればどうやら男ができたらしか った。グルになって俺をハメて遊んでたのか。許せねえ。許せねえ。その瞳は狂気に満ちていた。みさは怯まず、腰だめにナイフを構えた男と交差する形で的確に重心を狙い、相手の額に指を当ててから最低限の力だけを用いて相手を後頭部から地面に叩きつけた。脳震盪で意識が朦朧としている間にナイフを奪って男の鼻の下にかざし、これ以上えりに関わらせないための調教を言葉だけで行い、最後に褒め殺し、自分の手のひらにナイフを押し付けてから指でつまんでナイフを捨て、悲鳴を上げた。えりは何が起きたか理解できないまま、微笑を浮かべて悠々と暗がりから歩いてくるみさに連れられ、ステージ裏を抜けた。そこで走ってきたやすと鉢合わせ、やすとみさが視線を交わして、やすは一息ついて悲鳴の現場に駆けつけるのを他の男どもに任せた。三人が校庭を歩いていけば、周りは既にささやかな片付けと後夜祭の準備に取りかかっていて、祭りが終わっていく、夏が終わっていく感覚に包まれ、誰もが浸っていた。空を見上げれば、ステージ裏からは見えなかった明るい月が健気に地上 を照らしていたのだった。